あ~苺🍓が高い・・・(‘ω’)
私が通うスーパーでは
店頭に並ぶ一番お買い得のもので1パック税込み842円👛
そしてその842円越しに奥の棚を見ると税抜き価格で
1,280円、1,380円、1,780円、1,980円・・・
と細かく刻みながら階層を成す🍓たち
2,380円に至っては
気のせいじゃなく明らかに
私が今手に取ろうとしている842円よりも赤が濃い(‘ω’)
粒の大きさも見事に均一だ
格差見せつけてくるな~~(‘ω’)
まあ洗って食べちゃうだけだから
粒の大きさが揃っている必要ないし
小粒の方が好きなので粒が大きいとかもいらない付加価値
赤の具合いは気になりつつも
手に取ろうとしている842円で私には十分のはずだ
なんだけど1つ問題があって
今の私って苺についてはセレブの味覚なんだよね~
ついこの間
千疋屋の「苺のサンドウィッチ」を食べちゃったわけ(‘ω’)
サンドイッチじゃなくてサンドウィッチだからね✋
あーしまったなー
ヘタに高級なもの食べるんじゃなかった
めちゃ美味しかったなー
苺のサンドウィッチの苺・・・
とゴニョゴニョ思いながらも
もちろん選択の余地なく842円をカートに入れる🛒
今この状況で考えてみると
やっぱり私が以前の記事で疑問を呈していた
「DIE WITH ZERO」の提言って良し悪しだよね~
特に’記憶の配当’ってやつ
(以下、本書より断続的に抜粋)
経験からは、その瞬間の喜びだけではなく、後で思い出せる記憶が得られる。
元の経験から副次的に生まれる経験は、まさに記憶の配当だと言える。
老後で何より価値が高まるのは思い出だ。
とにかく早い段階で経験に投資すべきだ。
そうすれば、年齢を重ねるほどに驚くほど多くのリターンが得られる。
確かにそうとも言えるんだけどね・・・
でもまあ老後はそうかもしれないんだけどさ
あたしは今、先週食べた苺の記憶の配当によって
1パック842円という本来ならバカ高いはずの苺に
なんだか妥協感さえ生じているんですよ(‘ω’)
とかなんとか思いながら842円の苺を連れて帰宅🏠
夕食後に洗って食べるとこれはこれで十分美味しい(‘ω’)💕
だからといって
千疋屋の苺サンドウィッチもまた食べたい(‘ω’)💕
私の持論だけど
記憶の配当はもちろん人生を豊かにする要素の一つだけれど
あくまでも予期せず得られるオマケの領域で最初から当てにするものではないと思う
その時々に贅沢なお金の使い方や経験というのは
資本主義社会に生きている限り必ず存在する
自由に動く元気のない高齢者の生活を幸せにしてくれるサービスは必ず現れる
それはより手厚い介護かもしれないし
行きたいところへ連れて行ってくれる送迎サービスかもしれない
経験というとすぐに旅行やグルメといった付加価値に目が行きがちだけれど
必要で受ける医療やサービスをより質の高いものにするにもお金がかかる
今だけでなく老後の生活にも期待していいと思うし
老後の自分があらゆる欲から解放されているとも思えない💀
今本当にやりたいことを心残りなくやることは大切だし
老後の自分を幸せにしてあげられるような潤沢な資金も大切
そんな資産形成を目指して行こうではないの(‘ω’)ノ
私は経験と買い物は同じだと思う
「後々の資産になるから」という理由がそれをする決め手になっているなら
その買い物も経験も経済的にムリしてまでしなくていいと私は思う
でも逆に経済的な理由だけで
今本当にやりたいことを我慢しようとしているならば
ムリしてでもあらゆる手段で実現を試みるべしと思う
どんな経験もしないよりした方がいいに決まってる
資格の勉強もしないよりした方がいいと誰でも言うだろう
でもそれにかかるお金の話はもっと冷静で現実的だ
多くの人にとって使えるお金は限りがあるだろうし
稼ぐ力や資金力も人それぞれで一般化できない
本当に自由な人生を生きるのならば
「記憶の配当」とあわせて
「時間割引率」を意識したい(‘ω’)ノ
時間割引率とは経済学では
将来の価値を割引く割引率
のことを言う
意味わかんないけど簡単な話💡
時間割引率が高い人は
今の利益や満足を重視し、衝動的な行動を取りやすい傾向がある
時間割引率が低い人は
将来の利益を見据えて計画的に行動し、自制心が高い
今しかできない経験と
未来にしたくなるだろう経験のどちらに価値を置くか
未来の経験は可視化できないことも多いので
今の欲求に比べて軽視されがちだったり
逆に深刻に捉えすぎて今が保守的になってしまったりする
今と未来のどちらも大切にして
好きに進んでいく自由な人生
2026年も引き続きこれを目指して行こうと思う
偶然の出会いからお立ち寄りくださり
いつも読んでくださる皆さま
本当にありがとう(‘ω’)ノ
これからも末永くどうぞよろしくお願いいたしますm(. .)m
ではまた🌈
ー R


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