やっぱりにサヨナラ

前々回のR-view #5で最近読んだ本を2冊紹介した📚

と言ってもその記事の中では
ショーペンハウアさんの哲学のごく一部に触れたのみで
中村天風さんに至っては何も言わず終わってしまった💦

スルーしたつもりは全然ないのだけど
既にかなり長い記事になっていたこともあって
言葉が足りなくなるのも嫌だったから丸ごとカットしてしまった

まぁそれをスルーと言うんだけど💀

ご紹介した「成功の実現」を含む天風哲学はとてもパワフル✨

かと言って書かれている内容は決して難しくなく
むしろスルスル入ってきて読めば読むほど目から鱗なのだけれど
頭で理解はできてもその様な心で生きることは簡単ではない

私自身はまだ内容を自分のものにできたとは言えず道半ばなので
軽々しく今の自分の言葉で表現できないのだ

天風哲学の愛読者には経営者・著名人が数多くいて
たとえばメジャーリーガーのオオタニさん(→英語読み風)もその一人と言われている

たしかにオオタニさんの言動をニュース等で見ていると
「天風哲学が沁み込んでいると人はこうなるんだな・・(‘ω’)」
とオオタニさんを見て改めて本の内容を噛みしめることさえある

ほかにもメディアに登場する方の発言を聞いていて
「あ、この方もひょっとして天風読者かな・・(‘ω’)?」
となんとなくわかることもある

天風哲学の精神をしっかり受け取っていると
その言動には信念があって内側から発するパワーが違う✨

一方で私はと言うと本を読むたびに深く感じ入るのだけど
その精神で自分を満たすにはまだまだと言った感じ

それでも少なくとも’言葉の持つ力’はかなり意識して生きるようになった

いわゆる言霊ってやつ

消極的な言葉を使わないみたいなことって
天風哲学に限らずよく言われることだと思うし
そんなこと知ってるよって思いがち

でも気づけばなにかしら言っちゃってるよね(‘ω’)

たとえば今だったらネトフリでWBCの試合を観てる時にも
確実且つ相当程度にボヤいてるね

「あーもうだめだ、負ける気しかしない・・(‘ω’)」

「流れが完全に向こうに行っちゃってんな今日は・・(‘ω’)」

「もう気持ちが負けてんじゃないだろうね?見ててシンドイわー・・(‘ω’)」

などなど私は観ているだけなのに
日本チームにとって順調に進まない流れになると
どんどん消極的な言葉で満ち溢れていく

自分だけならまだしも
人前で言えば周りの人にも悪影響を振りまいてしまうそうだ(‘ω’)

と言うわけですぐさま止めなければならない
次戦からは今度こそ状況に関わらず前向きな言葉に徹しようと思う

しかしテレビにこれだけ言い放ってるんだから
私自身に起きる不運に対して消極ワードを言っていないわけがない

積極的な心の有り様が常態化するまでの間は
常に自分の言葉に細心の注意を払っていないと
消極的な感情がすぐにすき間に入りこんで言葉に変わるからだ

そんなわけで天風哲学については見習い生の私だけれど
決して言葉の力を軽々しく思っているわけではない

むしろ超気をつけている方だと思う
たとえば私には天風哲学とはまた別の心得がある

これは完全にR流哲学とも言える特許級のオリジナル(→多分)だ

それは何かと言うと・・

1.人にも自分にも「やっぱり」を使わない
2.やると言ったことは些細なことでも必ずやる

当たり前の2連発だと思うがまぁ聞いて欲しい(‘ω’)ノ

どんなに些細な事柄であっても誰かとした約束について

「やっぱり明日じゃなくて明後日でもいい?」

「やっぱりあれからよく考えたんだけど今回は止めておくわ」

「やっぱり苺大福じゃなくて桜まんじゅうでお願い🍡」

などのように
一度言ったことを後から訂正することは極力しないと決めている

それから
「ちょっと今手が離せなくてまた明日連絡するね」
などと誰かに軽くでも言った場合は必ず翌日連絡する

相手が約束と受け止めていようがいまいが関係ない
自分が一度言ったことは必ず実行するようにしている

「そんなこと言ったって事情が変わったんだからできないことだってあるでしょ」

と思われる方もいると思うけれど
むしろだからこそ勢いで軽率にものを言わないことが大切だと思う

状況が変わるかもしれずはっきりしないなら何も約束しないこと

ここがR流哲学の大事なところだ

「やっぱり」という言葉を実際には使わないにせよ
一度言ったことを後から訂正する行為を繰り返していると
言われた方の気持ちを知らず知らずに不安定にする

いつも約束の前日になるまで
「Rさん明日のこと覚えてるかな?予定大丈夫かな?」
と相手に思わせるようでは人としての品格や信頼性に欠ける

なので私はたとえ家族など気の置けない仲であっても
一度言ったことは自分からキャンセル・変更しないよう努めている

それに対して相手がドタキャンや変更してきても構わない

私だけが約束だと思って真に受けていたみたい🌀
あれは社交辞令だったのか・・💔
とわかって傷ついたとしてもそれは私の問題じゃない
相手の低俗の問題である

嫌な思いをしたからと言って
今後は人の言ったことを話半分に聞くことにしたり
自分も社交辞令を連発して生きていい理由にはならない

自分らしく生きるということは
そんな感じで自分の信念を一つずつ作り上げていくことだと思う

そうして自分の中が満たされた時
世間の常識や周りに言われる言葉からきっと自由になっている🌈

心の自由を手に入れよう(‘ω’)ノ

ではまたね🐤

ー R

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