私らしさを諦めない | R-view #14

なんとなく気持ち的に忙しい日が続いた(‘Д’)

ブログも久しぶり📅

ただサボってたっちゃサボってたんだけど😙
一応それなりの理由があった(‘ω’)ノ

明日(8/21)から大阪の中之島美術館で開催される
フェルメール《真珠の耳飾りの少女展》
のチケットをゲットするために
この数週間苦戦していたこともその一つ

あの『真珠の耳飾りの少女』が日本に凱旋する✨

所蔵されているオランダのマウリッツハイス美術館が
8/24~9/20まで改修のため一時閉館するとのことで
その間を利用して大阪の中之島美術館に展示されることになった

この蒸し暑い日本を選んで頂けたなんて幸運🌈
是非とも自分の目で見ておきたい(‘ω’)ノ

しかし今回の展示は前述の事情のため
開催期間は8/21~9/27と作品の注目度合いに比べてかなり短く
もちろんそれに対して来場希望者は多すぎる状況

チケットは全て日時指定制となっていて
6月から何度か先着順及び抽選販売が繰り返されてきたのだけど
私はその全てにトライするもあえなく落選💀

チケットぴあのリセール出品をこまめに確認し続けて
めでたく予定が合う日でゲットできたというわけ🎫💞

日帰りできれば一番よかったのだけど
時間的にちょっと厳しいの前泊することにした

ホテルはコラボしているリーガロイヤルと
美術館から一番近い三井ガーデンプレミア大阪
の2つで迷い中・・(‘ω’)

体力と天気を考えると近い方がいいかなあ

とかなんとかでいろいろ考えてるうちにブログほったらかしちゃった💦

それに加えて最近はこちらの本↓を読んでいた

『21世紀新版 マクドナルド化した社会
果てしなき合理化のゆくえ』
ジョージ・リッツァ著
正岡 寛司 訳

1999年に旧版の邦訳『マクドナルド化する社会』
が出版されてからのその後の社会を改めて斬る1冊

旧版の邦訳から9年経っているが
新版で繰り広げられる著者の主張の方向性は
旧版の内容と大きくは変わっていないようだ

旧版で著者が批判的態度をとった合理化の流れは
ほぼそのままの形で今の時代にも通じるどころか
さらに加速して進んでしまったように見える

時代の変化とともに細かなアップデートはありつつも
世界はますます合理化に飲まれてしまい
今となっては合理化された社会現象それ自体が
世界の国々でその国らしさの一部になっているようようにさえ見える

そしてなんと今回読んだ新版の翻訳でさえ
初版が出たのは2008年のことなので
そこから既に16年も経ってしまっている

にも関わらず2026年にこの本を読んだ私にとって
その内容は全く古臭さを感じさせないどころか
自分の生き方など考えさせられることが多すぎて
さらなる未来を思うと少し怖くもなった

FIRE以降の私は
自由とは何かを考えながら生きているけれど
この本を読んでみて私がしたいことって
この合理化された社会に僅かに残る何かを生きることなのかもしれない

本当は先週中に読み終えてR-viewの記事にするつもりだったのだけど
当たり前に取り込んでいる生活のエッセンスを思い浮かべながら読むと
深く考えさせられてしまって
1回の記事で感想を書いて終わるような話ではないと気づいた

マクドナルド化(合理化)の勢いは止まることなく
多くの国において成熟し根付いている
そしてこんなにも変化の多い時代に
その勢いは更に増して突き進んでいく

私が『真珠の耳飾りの少女』を見たくて
チケットぴあの段取りの元でチケットを入手し
大阪まで行ってホテルに泊まり
美術館に着いたら秩序を守って観覧し
その後は限定品のお土産を買い
用が済んだら美術館から速やかに出てくることさえも
実は主催者側の利得を最大化する歯車のひとつなのだろうか

今の日本を生きる上で
私が私らしく主体的に選択して行動すること
つまり「合理化されていない何か」を探すことは難しい

それでも著者のアドバイスに私も賛成だった

ほとんど何もかもが合理化された社会の中で
少しでも合理化されていない何かを選んで生きること
そうしようと諦めずに試みる姿勢が大切とのことだ

私がフェルメール展に向かう一連の動きは合理化されている

でも明らかに絵を1枚見るために
大阪へ行く行為は非合理だと思う

それでも私は行きたいから行くし
大阪にせっかく行ったからと言って
延泊してUSJに寄ったりはしない

代わりに帰りには(体力が許せば💀)
私の推しスポットに立ち寄りたいと思っている

またこの辺りは後日書いてみるね

ではまたね👋

ー R

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